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光伝寺の地蔵菩薩立像および閻魔十王像 (こうでんじのじぞうぼさつりゅうぞうおよびえんまじゅうおうぞう)

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ページ番号:547-403-849

更新日:2025年10月16日

光伝寺の地蔵菩薩立像および閻魔十王像〈非公開〉

 地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう)(写真a)は、像高約64センチメートルで、木造(ヒノキ)、寄木造(よせぎづくり)で、肌が漆箔(しっぱく)、衣が古色(こしょく)塗り、玉眼(ぎょくがん)が嵌入(かんにゅう)されています。胎内墨書(たいないぼくしょ)から神田多町壱丁目の仏師(ぶっし)、冨慶法橋(ふけいほっきょう)の作であることがわかります。また、納入された木札(きふだ)1(写真b)から、正徳(しょうとく)5年(1715年)「武州下練馬湿化味邑(しっけみむら)普妙山(ふみょうざん)光傳寺(こうでんじ)」の法印慧龍が住持の時に、木下作左衛門(きのしたさくざえもん)ほか46名が施主となり造立されたことがわかります。
 閻魔十王像は、十王・倶生神(ぐしょうしん)(阿形(あぎょう)・吽形(うんぎょう))・奪衣婆(だつえば)・鬼卒(きそつ)(阿形(あぎょう)・吽形(うんぎょう))・檀拏幢(だんだとう)(写真e)・天秤(写真f)から構成されます。
 地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう)に納められていた木札(きふだ)2(写真c)から、正徳(しょうとく)元年(1711年)春に「十王造立」を思い立ち、正徳(しょうとく)4年(1714年)12月に十王と倶生神(ぐしょうしん)が造立されたことがわかります。
 十王は木造、寄木造(よせぎづくり)で、彩色および漆塗りが施され、玉眼(ぎょくがん)が嵌入されています。台座裏の墨書(ぼくしょ)から大正3年(1914年)に彩色が塗り直され、背部(はいぶ)の金泥書(こんでいしょ)から昭和11年(1936年)に修理されたことがわかります。
 倶生神(ぐしょうしん)以下の5躯(く)・2基は、いずれも木造で彩色が施され、そのうち倶生神(ぐしょうしん)・奪衣婆(だつえば)には玉眼(ぎょくがん)が嵌入され、鬼卒(きそつ)・檀拏幢は彫眼が施されています。
 奪衣婆(だつえば)・鬼卒(きそつ)・檀拏幢・天秤は、銘記はありませんが、作風や技法構造の特色から、十王・倶生神(ぐしょうしん)と合わせたものとして、ほぼ同時期に制作されたとみられます。
 これらの仏像群は、かつて光傳寺で10月18日に行われていた十夜法要の際に、地域の人々に参詣されたと伝えられ、その行事は形を変えてはいるものの、現在も継続されています。
 胎内墨書(たいないぼくしょ)や納入木札(きふだ)の銘文から由緒がわかり、地域の人々との関わりが深い資料です。

 平成19年度区登録

所在地

光傳寺(氷川台3丁目24番)〈非公開〉

お問い合わせ

地域文化部 文化・生涯学習課 伝統文化係  組織詳細へ
電話:03-5984-2442(直通)  ファクス:03-5984-1228
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