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白子川流域の遺跡

ページ番号:637-963-437

更新日:2018年5月1日

 白子川は荒川水系に属するいっ級河川で、現在では東大泉7丁目にある井頭公園付近を水源としています。もうひとつの流れはもっと西まで遡り、もともとの水源は西東京市谷戸あたりにあると考えられています。


比丘尼(びくに)橋遺跡

大泉学園町・北大泉町No1.遺跡~大泉学園町・北大泉町No.4遺跡:No.2~5遺跡

 4ヵ所の遺跡は関越自動車道路建設に先立って昭和44年に発掘されました。かつて白子川に流入する支流があったと考えられ、谷状地形になっています。遺跡は谷の南側台地縁に沿って発見されています。No.2遺跡では、奈良・平安時代と考えられる貯蔵穴1基が発掘され、土師器や陶器片が出土しました。No.3~5は縄文時代前期から後期の遺物が少量ですが出土しています。

比丘尼びくに橋遺跡:No.6遺跡

 大泉町2丁目、関越自動車道と白子川が交差する地点の右岸に位置します。調査は関越自動車道建設に伴う調査(A地点)、白子川の地下調節池建設に伴う調査(B地点)、東京外かく環状道路建設に伴う調査の3回行われており、時期は旧石器・縄文・弥生・近世と多岐に渡ります。B地点の旧石器時代では、最も古い時期に属する関東ローム層中(立川ローム10層)から石器が出土しており、以後の時期のものもおおく出土しています。白子川流域の旧石器時代を考える上で重要な資料で、B地点で出土した旧石器は区の登録文化財になっています。


比丘尼(びくに)橋遺跡B地点

がいかん道路関連遺跡:No.10遺跡

 大泉町3~4丁目、東京外かく環状道路の建設に伴って調査された遺跡です。遺跡範囲が広域にわたり、もみじ山遺跡・丸山東遺跡・愛宕した遺跡・比丘尼びくに橋遺跡(No.6遺跡と一部重複)・宮ヶ谷戸みやがやと遺跡の5つの遺跡に分けられて報告されています。時期は旧石器・縄文・弥生・古墳・奈良・平安・中世・近世にわたっています。特にもみじ山遺跡・丸山東遺跡の両遺跡は、弥生時代~古墳時代の集落あと域として調査当時から注目を集めました。遺物でも弥生時代~古墳時代の木製農工具(鋤など)や建築部材、弥生時代の方形周溝墓ほうけいしゅうこうぼの主体部からはガラス玉や鉄剣てっけんなどが、周溝からは完形の弥生時代の壷が発見されています。このがいかん道路関連遺跡一帯は遺跡が密集しており、白子川流域の遺跡の様相を考える上で重要な地域です。方形周溝墓ほうけいしゅうこうぼ出土土器は東京都の文化財に平成16年に指定されました。


丸山東遺跡方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)全景(弥生時代)


丸山東遺跡方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)出土品

越後山えちごやま遺跡:No.11遺跡

 大泉町1丁目19番の越後山橋付近、埼玉県和光市との県境に位置し、白子川流域では区内で最北端の遺跡です。縄文・弥生・古墳・平安時代の遺構・遺物が確認されましたが、弥生時代を中心とします。住居址の他、弥生時代の墓である方形周溝墓こうぼや平安時代の住居跡が発見されました。

大泉中里なかざと遺跡:No.17遺跡

 大泉町2丁目57~59番、西信寺さいしんじ別院の一部を含んで東西に拡がる遺跡です。立地はNo.22遺跡と同じ台地の縁ぺん部です。旧石器、縄文時代初めを中心とした土器等が出土しています。また、区内でも数少ない縄文時代早期の住居跡が見つかっています。

八ケ谷戸やつがやと遺跡:No.22遺跡

 大泉町2丁目、陽和ようわ病院から橋戸小学校の一部を含む南北に拡がる遺跡です。白子川が蛇行することによって形成された弧状の台地縁辺部に立地しており、病院内で行われた調査では、縄文時代中頃を中心とする住居址群と墓坑群が確認されています。

大泉井頭遺跡:No.23遺跡

 東大泉7丁目38番一帯に拡がる、縄文時代中期の集落あとです。住居址以外に石棒せきぼうを割って埋めた跡、土製の耳栓など、祭祀に関連すると考えられる遺構・遺物等も出土しています。なお東大泉7丁目34番の井頭公園付近には、かつて井頭池と呼ばれた池が存在していました。この池は湧き水も豊富であったようで、湧水池周辺の遺跡として捉えることができます。この遺跡は、白子川上流域しらこがわじょうりゅういきの遺跡としては縄文時代中期の大規模な遺跡です。


有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)(縄文時代後期初頭)

外山遺跡第1地点・第2地点:No.29・154遺跡

 平成9年~10年に都営住宅の建替えに先立ち調査されました。ふたつの遺跡は狭い谷を挟んで対峙した台地に拡がっています。第1地点では旧石器時代の石器ブロック6ヶ所のほか、縄文時代の陥穴、第2地点では縄文時代早期の炉穴などが発見されました。特に、旧石器時代では、黒曜石の磁製作工程が分かる接合資料や、区内でも珍しい縄文時代中期中葉ちゅうようの阿玉台式土器を伴う竪穴状遺構が見つかっています。


第2地点1号土坑内出土土器

弁天池低湿地しっち遺跡:No.148遺跡

 東大泉3丁目、都営東大泉アパート付近に分布する遺跡で、大泉中島遺跡付近でおおきく蛇行しはじめた流れがまっすぐに変わる位置にあります。縄文時代後期、中世・近世の遺物が出土しています。この遺跡は弁天池からの湧水と白子川によってつくられた低湿地ていしっちにあり、縄文時代の木製品や、区の登録文化財になっている縄文時代の竹カゴが出土しています。これらは水漬けで泥炭でいたん層にパックされた状態で、、良好な状態を保っていました。


竹カゴの一部(縄文時代)(区登録文化財)

稲荷山遺跡:No.149遺跡

 大泉町1丁目、区立稲荷山図書館の建設に伴い調査が行われた遺跡です。区内でも珍しい縄文時代の住居址が確認されています。なお、遺跡地の東には稲荷山憩いの森があり、そこには現在でも湧き水みられます。

愛宕した遺跡:No.150遺跡

 大泉町4丁目、がいかん道路関連遺跡に隣接・一部重なる遺跡で、白子川遊水池建設に伴い調査が実施されました。旧石器・縄文・近世の遺構・遺物が出土しています。がいかん道路関連遺跡を含んだ一帯は微高地や低湿地しっち、谷が複雑にり組む地形を呈しており、特に低湿地しっちでは植物化石・花粉化石などの古環境調査の資料が豊富に残されていました。区内でも珍しい縄文時代前半の住居跡が見つかっています。


土器出土状況(縄文時代前期前半)

大泉中島遺跡:No.151遺跡

 大泉学園町2丁目の南、白子川がおおきく北に蛇行しはじめる地点に所在する遺跡です。旧石器時代、縄文時代後期の集落あとです。区内でも珍しい縄文時代の後期初頭の住居跡が見つかっています。旧石器時代では、礫層に近い位置から黒曜石製のナイフ形石器や細石刃が出土しています。川に近接する一部で谷が発見され、古い時代には川の流れがここまで拡がっていたことがわかりました。

練馬区の遺跡地図

地図中の数字が遺跡番号です。

お問い合わせ

地域文化部 文化・生涯学習課 伝統文化係  組織詳細へ
電話:03-5984-2442(直通)  ファクス:03-5984-1228
この担当課にメールを送る(新しいウィンドウを開きます)

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