ねりま区報連載「ねりまの地名物語」

郷土史研究家で練馬区文化財保護推進員を務めた桑島新一さんが執筆した「ねりまの地名今むかし」(昭和59年6月~60年8月区報連載記事)を再構成し、地名の歴史と由来、その地域のイチ推しスポットなどを紹介する連載企画まとめました(令和7年(2025年)4月1日号から開始)。
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では、練馬の地に住む人々に使われていた旧地名と現在の町名の由来などをご覧になれます。
- 第1話 練馬
- 第2話 三原台
- 第3話 大泉学園町
- 第4話 旭町
- 第5話 中村北・中村・中村南
- 第6話 立野町
- 第7話 西大泉・西大泉町
- 第8話 早宮
- 第9話 桜台
- 第10話 谷原
- 第11話 大泉町
- 第12話 光が丘
- 第13話 向山
- 第14話 関町北・関町南・関町東
- 第15話 南大泉
第1話 練馬(令和7年(2025年)4月1日号)

江戸から大正時代、この地域は「下練馬村」と呼ばれていました。昭和4年に「練馬町」、昭和7年に板橋区の成立で「板橋区練馬南町4・5丁目」となりました。
昭和22年8月、板橋区練馬支所管内が独立し、多くの区民が長年願っていた「練馬区」が誕生しました。さらに、昭和38年には、住居表示制度の都内初の事例として、町名「練馬」が生まれました。」
- 「練馬」の由来とは? いくつもの説がある!
・関東ローム層の赤土を練ったところを「ねり場」といった
・石神井川流域の低地の奥まったところに「沼」=「
・奈良時代、武蔵国(現在の東京都や埼玉県辺り)に「のりぬま」という宿駅があった
・中世、豊島氏の家臣に馬術の名人がおり、馬をならすことを「ねる」といった
イチ推しスポット 練馬白山神社の大ケヤキ(国指定文化財)(練馬4-2)

都内最大級の大きさです
樹齢約900年とされるこの巨木は、永保3年(1083)年に源義家が後三年合戦で奥州へ向かう際に、戦勝を祈願して奉納したものと伝えられています。一時、落雷や腐朽によって衰弱したものの、樹木医による治療で見事に回復しました。今なお、力強くそびえ立つ生命力から、パワースポットとされています。
第2話 三原台(令和7年(2025年)5月1日号)

昭和46年に住居表示が実施され、旧北田中町、東大泉町、土支田町の一部が合併して三原台が誕生しました。町名は住民アンケートで決まりました。地域内に北原、中原、西原の3つのなだらかな台地があり、その地形が町名の由来となったと考えられています。
イチ推しスポット 三原台ののはな公園(三原台2-11-5)

三原台温水プールのすぐ近くにある公園で、全長約4mの大きな土管が存在感を放っています。まるでアニメの世界から飛び出してきたかのようで、どこか懐かしさを感じさせます。家族や友人と一緒に訪れてみてください。
第3話 大泉学園町(令和7年(2025年)6月21日号)

昔は「
イチ推しスポット ファーマーズショップこぐれ村(大泉学園町2-12-17)

23区初の農産物直売所です。練馬育ちの花や苗のほか地元野菜を使った加工品も販売しています。野菜の即売会や収穫祭などのイベントも行っています。ぜひ、訪れてみてください。6月下旬はトマトが旬です!
第4話 旭町(令和7年(2025年)7月1日号)

江戸時代、この地域は「土支田村」と呼ばれ、現在の旭町・土支田・東大泉などを含む広い村でした。明治6年に分村され「下土支田村」、22年に「上練馬村」、昭和7年に板橋区が成立した際「練馬土支田町1丁目」になり、24年に町会の有志が「希望のもてる明るい簡単な町名にしよう」と話し合い、「旭町」になりました。
イチ推しスポット 八丁堀児童公園(旭町1-33-11)

この公園の名前は、かつてこの地にあった約八丁(約900m)の用水堀「八丁堀」に由来するともいわれています。江戸時代から続く歴史ある地名を未来に伝えたいという、地域の人々の思いから名付けられました。静かな住宅街の中にある、のんびりと過ごせる憩いの場です。
第5話 中村北・中村・中村南(令和7年(2025年)8月11日号)

江戸時代、この地域は「中村」という一つの村でした。明治22年に隣村と合併し「中新井村」となり、大正12年の関東大震災後に人口が増加し、市街地化が進みました。昭和7年に板橋区が成立した際「板橋区中村町1~3丁目」となり、20年の土地区画整理事業の完成を機に町名が整理され、「中村北」「中村」「中村南」に分かれました。
この地域には、南蔵院(中村1-15)や良弁塚(中村3-11)、八幡神社(中村南3-2)など、古い寺社や史跡が多く残っています。
イチ推しスポット 中村南スポーツ交流センター(中村南1-2-32)

平成21年に開館した、区内で一番新しい体育館です。ステージを備えた多目的アリーナのほか、温水プールやトレーニング室など、さまざまなサービスを利用できます。また、センター内では建築工事前の発掘調査で発見された縄文土器などを展示しています。ぜひ、訪れてみてください。
区の文化財に 登録されています
第6話 立野町(令和7年(2025年)9月21日号)

江戸時代、この地域は「関村」と呼ばれていましたが、一部に上石神井村立野の飛び地があり、立野町の地名の由来といわれています。明治22年に周辺の村が統合され「石神井村」、昭和7年に「板橋区石神井立野町」となりました。
北部には、元禄9年(1696年)に作られた水路「千川上水」があります。昭和46年に水流が途絶え大部分が地下水路となる中、都が整備を行い、平成元年に水流が復活しました。
イチ推しスポット 立野公園(立野町32-1)
大学の野球グラウンド跡地を利用し、住民と区が協力して作った公園です。たこあげ広場や水遊びを楽しめるジャブジャブ池のほか、区の友好都市である北京市海淀区から碧へき桃とう樹じゅという花はな桃ももの苗木が贈られたことを記念して整備した中国式庭園「桃花源」もあります。犬と一緒に入園できるので、ぜひ訪れてみてください。
中国式庭園「桃花源」
第7話 西大泉・西大泉町(令和7年(2025年)10月21日号)

江戸時代は「
イチ推しスポット 四面塔憩いの森(西大泉4-12)
四国から運ばれた大きな岩と、樹齢約120年の松の木が組み合わさった美しい植栽があります。また、敷地内の石橋には、成人の日や七五三などの記念日に多くの人が集まります。自然に囲まれた静かな空間で、家族や友人とゆっくり過ごしてみてください。▶開園時間:午前9時~午後4時30分
第8話 早宮(令和7年(2025年)11月1日号)

江戸時代、この辺りには下練馬村の「
イチ推しスポット 早宮史跡公園(早宮1-18-23)
この地域では、旧石器時代~平安時代の遺跡「東早淵遺跡」が発見されたため、遺跡を保存し、公園として整備しました。公園開設に当たり、平成元年には児童・生徒が参加した発掘調査が行われ、弥生時代の土器などが見つかりました。公園内には、調査に参加した人が制作したタイルが飾られています。
第9話 桜台(令和7年(2025年)12月1日号)

この地域は、千川と石神井川の桜に囲まれていました。千川の桜は大正4年、
大正天皇即位を記念して、石神井川の桜は昭和9年、明仁上皇誕生を記念して植えられたものです。桜の名所にちなんで、11年に開業した駅が「桜台」と名付けられました。37・38年に地番整理などが行われ、町名も「南町2・3丁目」から「桜台1~6丁目」となりました。
イチ推しスポット 練馬区独立記念碑(桜台2-18-1)
昭和22年に練馬区が独立した際、開進第三小旧講堂に区役所を設けました。その後、区役所は移設しましたが、独立30周年を記念して同校庭に記念碑を建てました。独立60周年を機に区民の皆さんが訪れることができるよう、道路面に移設しています。
練馬区独立記念碑
独立当時の区役所庁舎(開進第三小旧講堂)
第10話 谷原(令和8年(2026年)1月11日号)

昔は「谷原村(やわらむら)」と呼ばれていました。明治22年の市制・町村制の施行により、「石神井村」となり、昭和7年に板橋区へ編入された際に「石神井谷原町2丁目((注釈))」、22年に練馬区が独立した際に「谷原町2丁目」となりました。40年に住居表示が実施され、目白通りを境に南側を「高野台」、谷原小がある北側を「谷原」としました。この頃、住居表示上の読み方も「やわら」から「やはら」に改めました。 (注釈)石神井谷原町1丁目は現在の富士見台。
イチ推しスポット 総合体育館(谷原1-7-5)

区内最大規模のスポーツ施設です。競技場や卓球場、ローラースケート場など多種多様な施設があります。トレーニング室もあり、幅広い世代が利用できる充実した施設です。
第11話 大泉町(令和8年(2026年)5月1日号)

江戸から明治時代中期まで、この地域は「橋戸村」と呼ばれていました。明治22年に「
イチ推しスポット 風の丘公園(大泉町1-44-26)
高台にあるこの公園は、みどりに囲まれた静かな憩いの場です。天気のいい日は、園内の見晴台から富士山を眺めることができます。自然の中で、ゆったりとした時間を楽しんでみませんか。


第12話 光が丘(令和8年(2026年)6月1日号)

昭和18年、戦争が激しさを増す中、首都防衛のため、土支田・田柄・高松にまたがる土地に陸軍の「成増飛行場」が建設されました。戦後、飛行場は姿を変え、23年に米軍の家族宿舎「グラントハイツ」が完成しました。その後、土地返還を求める動きが高まり、44年に緑と太陽のまち練馬を象徴して「光が丘」と名付けられ、48年に全面返還が実現しました。
令和5年(2023年)9月11日号では、グラントハイツ返還から50年 光が丘の過去と未来を紡ぐをテーマに光が丘を特集しました!
イチ推しスポット 秋の陽公園(光が丘2-5-2)

例年約100キログラムのもち米を収穫!
水田や長屋門(昔の農家などの屋敷門)、田柄用水をイメージしたせせらぎが整備され、「田んぼのある公園」として親しまれています。近隣の小学生が稲作体験を行っているほか、春の田植え、夏の青田、秋の稲穂など、四季折々の風景が楽しめます。
第13話 向山(令和8年(2026年)6月11日号)

江戸時代、上練馬村の一部が「向山」と呼ばれ、明治22年に東向山・西向山・北向山・
イチ推しスポット 向山わんぱく公園(向山4-3-26)
静かな住宅街の中にあり、子どもから大人まで幅広い世代に親しまれています。園内には恐竜の形をしたジャングルジムなどの遊具があります。大きな木々に囲まれ、自然を感じながら元気いっぱいに遊べます。


第14話 関町北 ・関町南 ・関町東 (令和8年(2026年)6月21日号)

江戸時代、この地域は「関村」という一つの村でした。明治22年の町村制により「石神井村」となり、昭和7年に板橋区が成立した際に「板橋区石神井関町1~3丁目」となりました。22年の練馬区独立後に住居表示が実施され、現在の「関町北」「関町南」「関町東」に分かれました。
「関」という地名は、この地域に人や物の行き来を見張る「関所」があったことや、川の水をせき止める「
イチ推しスポット 武蔵関公園(関町北3-45-1)
ひょうたんの形をした大きな池が広がる、水辺の景色が魅力の公園です。池ではボート遊びを楽しめるほか、カワセミなどの野鳥も多く見られ、自然を感じられます。また、公園南側の関町南4丁目付近は、区内で最も標高が高い地点とされています。


第15話 南大泉 (令和8年(2026年)7月21日号)

江戸時代、
イチ推しスポット 大泉交通公園(南大泉6-16-1)
園内には信号機や交通標識があり、自転車やゴーカートに乗って楽しみながら交通ルールを学べます。9月6日(日曜)まではジャブジャブ池で水遊びもできます。ぜひ、訪れてみてください。


法人番号:3000020131202
練馬区 法人番号:3000020131202











