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練馬の地名 今むかし(桜台)

ページ番号:765-860-454

更新日:2010年3月24日

桜台(さくらだい)

 桜台は、石神井川の桜と、千川の桜に囲まれた文字通り桜の町であったが、千川の桜は今はない。その千川の桜は、大正4年、天皇ご即位を記念して、千川上水沿いの村々が桜や楓(かえで)を7kmにわたって植樹したものである。また、石神井川の桜は昭和9年、皇太子ご誕生を記念して沿岸の有志が植えた。江古田から練馬まで、千川堤の桜は、玉川上水の小金井堤の桜に対して、「新小金井の桜」と呼ばれ、東京の新名所となった。
 昭和4年下練馬村から練馬町へ、さらに同7年市郡合併で、板橋区練馬南町のうち2・3丁目となった。武蔵野鉄道開通(大正4年)からだいぶ遅れて昭和11年に駅ができ、桜の名所にちなんで「桜台」とつけられた。旧下練馬村(今の北町の自衛隊付近)に桜台という小字があった。それもヒントになったという。
 22年練馬区が独立した。初の区役所は開進第三小(桜台2-18)講堂に置かれ、今も校庭にその記念碑がある。28年ごろから千川は暗きょ化され、両岸の桜はつぎつぎに伐(き)られていった。
 37年南町2丁目が地番整理で桜台1~3丁目となった。翌38年に、決まったばかりの住居表示に関する法律で、南町3丁目が桜台4~6丁目となった。地番整理と住居表示が半分ずつの町も珍しい。桜台4~6丁目は同時に実施された練馬と共に住居表示の都内第1号である。
 広徳寺(桜台6-20)は関東大震災で下谷から移ってきた。柳生三代をはじめ、多くの大名墓があることで知られる。
 石神井川のほとりに「お浜井戸」(同6-32)と呼ばれる所がある。氷川神社(氷川台4-47)のご神体が流れ着いた場所だという。3年に一度の春の大祭で、お里帰りのご神幸(しんこう)があり、ここで鶴の舞が行われる。高稲荷神社(桜台6-25)の桜はそのころちょうど満開である。

ねりま区報 昭和60年4月1日号 掲載

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