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練馬の地名 今むかし(貫井)

ページ番号:713-676-476

更新日:2010年3月24日

貫井(ぬくい)

 旧上練馬村のうちの小字である。江戸時代の上練馬村は今の田柄、春日町、高松、向山、光が丘(一部)を含む大村であった。上練馬貫井村とも称して一村の形をとることもあった。
 むかし弘法大師がこの地をおとずれ、水不足に苦しむ村民の姿をみて、持っていた杖で大地を突いたところ、泉が湧き出した。これが地名の由来だという。湧き水でできた池が貫井中学校グランド辺にあった。南池山貫井寺円光院(貫井5-7)の号もこの伝説によるという。
 昭和7年板橋区成立のとき練馬貫井町となり、同22年練馬区独立後、練馬の冠称をとって貫井町となった。40年住居表示が実施され現町名となった。
 西武池袋線富士見台駅は貫井3丁目にある。だから大正14年開設当初は貫井駅といったが、昭和14年現駅名に改めた。
 先ごろ貫井2-18付近で遺跡の発掘が行われた。数多くの出土品のなかに、古代の国司(今の県知事)級高官の装身具が見つかった。もしかすると、この辺は武蔵国にとって歴史的に重要な土地であるかもしれない。

ねりま区報 昭和59年9月11日号 掲載

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