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練馬の地名 今むかし(旭丘)

ページ番号:875-183-832

更新日:2010年3月24日

旭丘(あさひがおか)

 西武池袋線江古田駅周辺は学生の街である。都心に近いだけに、町の発展は最も早く、商店数も人口密度も区内屈指という。
 昭和7年板橋区成立以来、江古田町と呼ばれていた。昭和22年練馬区独立のさい練馬区に編入、35年地番整理で現町名に改めた。もともとここは、江戸時代上板橋村字(あざ)江古田といって、多摩郡江古田村(中野区)の新田であった。だから本村へ名前を譲ったことになる。残ったのは駅名と銀行の支店の名前だけになった。新しい町名にはいろいろ議論があった。結局は住民投票で、地元小学校の名にあやかって旭丘に決まった。
 旭丘小学校も、もとは旧板橋第三小学校といっていたが、練馬区に編入のとき改称した。区内で最初に朝日があおげる丘という意味である。むかし、おわい街道といわれた清戸道(きよとみち)は、並行している千川上水が昭和30年ごろ暗きょ化、見ちがえるようになった。新小金井桜と謳われた上水沿いの桜並木も、そのとき伐られてしまった。大正4年の植樹記念碑が浅間神社の一隅に残っている。

ねりま区報 昭和59年7月1日号 掲載

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