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中新井村(なかあらいむら)

ページ番号:416-235-534

更新日:2010年3月25日

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中新井村(なかあらいむら)

現在の豊玉上、豊玉北、豊玉中、豊玉南

 永禄2年(1559年)、北条氏が編んだ『小田原衆所領役帳』に「江戸廻(まわり)中新居」とある。新居は新井とも荒井とも書き、中世に新しく開墾して人の住む所となった地をいう。

 関東にアライと言う地名は多い。古い開拓地らしく、いずれも川や用水路とのかかわりが深い。

 『中新井村誌』は村名の由来を新居の中の村と解している。

 『新編武蔵風土記稿』は中荒井村とし、小名を本村、徳田、神明ケ谷戸、原、北荒井、中通の六つ記載している。

 本村(ほんむら)は最初に開墾がなされた地で、のちに村の中心となる。今の氷川神社(豊玉南2丁目)を中心とする一帯で、南方に中新井川沿いの水田が広がる。

 徳田(とくでん)は江古田村との境、この辺りに、むかし検地を免れ、得をした田があったからだという。

 神明ケ谷戸は神明社がまつられていた地というが、明治以降その社とともに地名も消え、今は判らない。村の西南部と見なされる。

 原は一般に広くて平らなところを指す。村の西北部にあたり、中村の小字、原と接する。北荒井は今の武蔵大学付近で、北新井公園の名がある。

 中通(なかどおり)は下新街から沼袋へ通じるバス通り。むかし、新井薬師への参詣(さんけい)道であった。明治初年、地租改正時の小字は13あった。中に弁天、於林、新街などの地名がある。弁天は今の市杵島神社(豊玉北2丁目)のこと。於林(おはやし)は、江戸幕府の官林があって、立入、伐木を禁止したお留山(とめやま)であった。於林稲荷(同1丁目)がある。

 上、下新街(しんがい)は清戸道に沿ってできた新しい町並みで、下新街は目白通りのバス停にその名が残る。村は昭和7年、板橋区中新井町(1~4丁目)となり、その後、土地区画整理事業の完成で、同15・16年に、現町名となった。

明治6年頃の地名
明治6年頃の地名

ねりま区報 昭和60年11月21日号 掲載

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