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上石神井村(かみしゃくじいむら)

ページ番号:899-196-661

更新日:2010年3月26日

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上石神井村(かみしゃくじいむら)

現在の石神井台、上石神井

 石神井の地名の由来や古い記録については、現町名の部でふれたので略す。しかし、石神井の井は居で、石神様が居るところと解する説もあることを加えておく。

 『新編武蔵風土記稿』は上石神井村の小名を城山、観音山、大門、沼辺、西村、小関、立野、池淵、出店と記す。

 城山は今の早稲田大学高等学院(上石神井3丁目)のところである。文明9年(1477年)、太田道灌が石神井城の豊島泰経を攻めたとき、戦勝を祈願して愛宕権現(あたごごんげん)を勧請し、ここに砦(とりで)を築いた。俗に愛宕山ともいう。東につづいて観音山の小字もある。

 地名の大門は城廓や大寺の門を指すことが多い。石神井城の追手門とも考えられるが、ここでは三宝寺の門前をいう。

 沼辺(ぬまべ)は石神井台2、3丁目付近。石神井川沿いの低湿地は沼になっていたのであろう。

 沼辺の西を西村(石神井台4~6丁目)、西村の西を小関(こぜき。同7、8丁目)という。隣接して関村の小字、小関がある。

 立野(たちの)は村の南、千川上水の北側をいう。今も上水跡に立野橋の名がある。現在の立野町(たてのちょう)はここの飛び地で、昔、立野の人が行って開墾した地である。立野の由来は『延喜式(えんぎしき)』にいう立野の馬牧(うままき)に擬する説や、館(たち)に関係する説がある。もっとも館は城館のような規模の大きなものではなく、牧の監視所程度らしい。また立野は江戸時代に用木を立てた官有林があったところの地名として各地に残っている。

 池淵は三宝寺池の周辺をいう。隣の下石神井村にまたがる。

 出店(でだな)は上石神井1丁目の青梅街道に面したところである。青梅街道が江戸時代中ごろになって、武州御嶽詣(みたけもうで)の人でにぎわうようになると、その人たちを相手に茶店などができた。『御嶽菅笠』という当時の道中記に「石神井村伊国屋(いこくや)」とあって、二八そば屋の挿絵をのせている。出店とは本村から商いに出た店という意である。

明治6年頃の地名
明治6年頃の地名

ねりま区報 昭和61年2月11日号 掲載

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