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上土支田村(かみどしだむら)

ページ番号:510-493-019

更新日:2010年3月26日

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上土支田村(かみどしだむら)

現在の東大泉、三原台(2、3丁目の一部)、大泉町(2丁目の一部)

 『小田原衆所領役帳』に「江戸土支田、源七郎分」とあることは前に触れた。源七郎は土支田のほか、岱(だい=台村)と根岸(ともに現在の朝霞市)に所領をもつ。ちなみに岱を代山(しろやま)と2字に分けて読み、台東区根岸付近とする説もあるが賛成できない。

 『新編武蔵風土記稿』は、土支田村上組の小名を井ノ頭(かしら)、甫(ほ)村、下(しも)屋敷、前原と記す。

 同書は井ノ頭とノの字を送るが、地元ではイガシラという。頭は元または始まりのこと。享和4年(1804年)、『土支田村明細帳』に「いがしらと申所三反歩程之溜井御座候」とある。白子川の源泉で、今の大泉井頭公園現住所(東大泉7丁目)である。

 甫村は大泉学園駅北側の一帯をいう。ホは真秀(まほ)の秀で、土地を称賛する言葉であるとか、ホン(本)村の下略であるとかいわれる。また保村という説もある。保とは律令制の隣保組織で五保のことをいうが、ここはさほど古くはない。鎌倉時代以後、保は行政区域の郡郷庄保というように、郷郡の下にある小さな集落をさすようになった。ここは、中世の保が地名の起こりであるかもしれない。

 下屋敷は東大泉2丁目付近をいう。寛文3年(1663年)の『土支田村検地帳』に「前原先代官屋敷」と小字名の記載がある。地名の下屋敷はその代官の下屋敷があった所であろうか。また石神井城主豊島泰経の下屋敷という伝説もある。今もバス停に名前が残っている。前原は東大泉5、6丁目の広大な地域で、甫村の南、つまり前の原という意味である。前原の先、石神井村との境に代官屋敷があった。

 明治時代の小字は九つある。甫村の妙延寺付近は中村に、北野神社辺りは宮本と呼ぶようになった。村は同22年、石神井村大字上土支田に、同24年、榑橋村(くれはしむら)と合併、大泉村大字上土支田となった。昭和7年、板橋区東大泉町となる。

明治6年頃の地名
明治6年頃の地名

ねりま区報 昭和61年1月21日号 掲載

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